10月中旬の週末、大久野島にお出かけした記事は先日アップしました。
フェリーに乗るために大三島に行ったので、せっかくなので大山祇神社に参拝してきました。
大山祇神社についてはこちらの記事をご覧ください。
大山祇神社
およそ2年ぶりに訪れましたが、やっぱりこの清々しい雰囲気が大好きです。
この門をくぐった先に、大楠があります。
樹齢2600年ともいわれる大楠。
たまたま工事中でコーンの外から遠目に見ましたが、普段はもっと近くで見ることができます。
大きすぎて、近くからだと写真におさまらない(^_^;)
神事が行われる田んぼ
青々とした稲。
神社の中で、お米を育てているって不思議ですよね。
こちらは斎田といい、神事に使われる場所です。
「ひとりずもう」の言葉の由来
豊作を祈願して、毎年、旧暦の5月に御田植祭 、旧暦の9月に抜穂祭が行われています。
このときに、神事として相撲が奉納されます。
「稲の精霊」対「一力山」の三本勝負、2勝1敗で稲の精霊が勝ちます。
稲の精霊が勝つことで、春には豊作を祈り、秋には収穫を感謝する意味があるそうです。
稲の精霊?もちろん目には見えないですよね。
ということは、人が一人で相撲をとっているように見えますね。
「ひとりずもう」という言葉はここから生まれたそうです。
ひとりーずもう(-ずまふ)【一人相撲/独り相撲】の意味
1 二人で相撲をとっているような所作を一人でしてみせること。また、その芸。神事・大道芸として行われた。2 相手がないのに自分だけで気負い込むこと。また、実りのない物事に必死で取り組むこと。「むなしい―をとる」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
ひとりずもうと言えば、さくらももこさんのエッセイ。久しぶりに読みたい(*^^*)